創立者フロジャク神父の生い立ちと日本への派遣

フランス人宣教ヨゼフ・フロジャク神父は、1886年(明治19年)3月31日、フランスのロデス市に生まれました。パリから南へ610キロのところにあるロデス市は、当時汽車で、約7時間ほどかかるところにありました。アヴェロン県の人口約3万の小都市で、町の中央には13世紀に建てられた壮大なカテドラル(司教座聖堂)がそびえ、古い歴史と信仰を物語っています。

アヴェロンの丘

ロデス市のカテドラル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨゼフは、このカテドラルの広場に面した古い建物石造り3階建ての家に生まれました。父は高級家具の製作を業としており、その工房は家の近くにありました。7人兄弟の5番目に生まれたヨゼフは、ユーモアを解する父と、賢明で慈愛に満ちた母のもとに育ちました。

フロジャック神父の生家

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家庭も、周囲の環境も、カトリックの伝統的雰囲気につつまれた中で育ったヨゼフは、幼い頃から司祭への道を志します。

少年時代

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンピエールの小神学校からロデスの神学院に進んだヨゼフは、ここで2年間、哲学を修めたのち、パリ外国宣教会神学校を選びます。

パリ・ミッション会の本部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時代のヨゼフを、親友のフランシェール神父は次のように語っています。

「神学校時代から、彼がいつか相当の効果をもたらす司祭生活を送るだろうと予想することができた。なぜなら、彼は自分の魂を高いレベルに引き上げるために、非常な努力を払っていたからである。
彼は、いつでも、どこでも、自分の意思を厳しく統御していたが、同時に魅力的な笑顔をもち、愛の深さがその行動に表れていた。」(『フロジャク神父の生涯』より)

1909年(明治42年)9月、司祭に叙階された23歳の神父は、ただちに日本への派遣を命じられ、同じ年の12月28日、横浜に上陸しました。

 

司祭に叙階された23歳の神父

宣教地に派遣される司祭が、この小聖堂の中のマリア様にサルベ・レジナを歌って出発したとされる(パリ・ミッション会 現在の六角堂)

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